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歎異抄(たんにしょう)は、鎌倉時代後期に書かれた日本の仏教書。親鸞の弟子である唯円によって書かれた、とされる。その内容が、親鸞滅後の浄土真宗派内に湧き上がった異議異端を嘆いたものであり、序文冒頭に「歎異先師口傳之眞信」(先師の口伝の真信に異なることを歎き)とあるため、「歎異抄」と呼ばれる。

編集された時期については、親鸞が死してより30年の後(鎌倉時代後期、西暦1300年前後)と考えられている。

本書の内容は、善鸞事件の後、作者唯円が親鸞より直接聞いた話による。

善鸞事件とは、1256年(建長8年)5月、親鸞が、実子であり弟子でもある善鸞を勘当・破門した事件である。事件から遡ること約20年の1236年(嘉禎2年)頃、親鸞が東国から急に京に帰った後、東国では信者が動揺し、様々な異議異端が行われた。これに対し、親鸞は息子の善鸞を送ることで対処した。しかし、善鸞は、自分は親鸞より真に往生する道を教わったと嘯き、念仏は地獄行きの種であると説いた。それを知った親鸞は、善鸞に対し親子の縁を切り、破門した。

その後、関東から上洛して親鸞に事を質したのが、唯円を含めた一行であった。また、親鸞の死後、親鸞の「自力の心を捨てて阿弥陀仏にすがる」という教えとは異なる教義を教団内で唱える者が現れた。唯円は、それらの教義が親鸞の教えを無視したものであると嘆き、文をしたためたのである。

これに、唯円が覚如(親鸞の曾孫。本願寺を開き、口伝抄の作者でもある。)に親鸞の教えを教授したこと、口伝抄に歎異抄と類似した文が含まれることなどから、本書は覚如の要請によって書かれたのではないか、とされている。

 


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